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創業者物語

創業者物語

子どもの頃の夢は料理人!?

まさか清掃会社を設立することになるとは思っていませんでした。夢や目標を持ってここに至ったわけではなかったのです。なにせ、子どもの頃の夢は料理人になることでしたから。当時よく読んでいた『ミスター味っ子』という漫画の影響です。下町の食堂を切り盛りする天才少年料理人…。カッコ良かったなぁ。

しかし本気の夢ではなかったため、時間とともに忘れ去り、高校卒業後の進路は清掃用具レンタル品を扱う代理店でした(後々の混同を避けるためにこれを会社Aとします)。会社Aについては両親の影響が大半。なぜなら、両親の仕事がまさにそれだったのです。ただ、募集がかかっていたのは別の代理店だったので、そこに就職しました。職場でも現場でも良くしていただき、恵まれた環境だったと思います。「高卒新人」というフレッシュさは一つの特権ですね。

就職後、半年ほどで実家を離れて一人暮らしを始めました。自分の城ができたようで、テンションが上がりまくったのを覚えています。

何かといろいろハマった20代

どんな性格かと聞かれたら、一つは「凝り性」だと答えざるを得ないでしょう。これはこの仕事において良くも悪くも発揮されています。

たとえば、最初の就職先の先輩がご馳走してくれたパラパラチャーハンに感銘を受け、つくり方を教えてもらい、毎日のように北京鍋を振っていました。焼き豚、万能ネギ、卵というシンプルな材料となっており、連日食べていたのでまさに偏食の極みです。

また、テレビの影響で親子丼づくりにもハマり、親子鍋(縦に長い柄の付いたお馴染みの専用鍋)までわざわざ購入しました。これまた鶏肉、玉ねぎ、三つ葉、卵というシンプルな素材に、こだわりを詰めた1品となっています。この頃の夜ご飯はチャーハンと親子丼が独占。今となっては、よく飽きもせず食べていたと思います。この2品だけは料理をしなくなった現在でも、一定以上のクオリティーで提供できるはずです。

料理以外にも、急に筋トレに目覚め、数年間欠かさず自宅でトレーニングしていました。メニューを徐々にキツくし、飲みに行った日でも夜中に筋トレをしてから寝るという徹底ぶり。なかなかのナルシストだった気がします。

20代後半には友人から突然バンドに誘われ、弾いたことが全くないキーボードを担当。ピアノまで習い始めてひたすら練習に明け暮れていました。途中からなぜか「和声」という音楽理論まで習い始め、趣味で始めたはずなのに、もはや何を目指したいのかわからない状態に…(今はより良い清掃をするために時間を費やしていますのでどうぞご安心ください)。

それにしても今の時代はYouTubeなどで検索すれば、何でも詳しく調べることができるので便利ですよね。「当時に今の環境だったらもっと効率よく情報を集められたのに…」なんて、ないものねだりをしてもしょうがない…。そうなればあるいは、別の道に進んでいたかもしれません。

清掃の仕事のきっかけは
30歳過ぎから

30歳過ぎに転機が訪れ、父が働いていた代理店でお世話になることになりました(これを会社Bとします)。そして、父が担当していたお客様を引き継ぐことに。父はすでに高齢で、体力的な影響から売上を減らしていたため、引き継いだ売上だけでは物足りず、ダブルワークを始めました。

そこで目に留まったのが清掃のアルバイトです(正確には内装工事と清掃の会社、これを会社Cとします)。
決め手は、
・家から近かった
・会社Aで清掃現場の手伝いをしていた経験があり、合格する可能性が他社より高いと思った
という完全なる打算です。その予想は当たり、面接も好感触で無事採用となりました。この会社は主に賃貸物件の管理会社から仕事を受けており、共用部の軽清掃やワックス清掃などの維持管理、新築物件の竣工美装が主な業務。とにかく1日の作業量が多く、常に小走りかダッシュで作業をこなし、メガネが汗で濡れて見えなくなることは日常茶飯事です。北海道の寒い冬場ですら、全身から湯気が出るほどでした。

数年後、取引先から独立した人のもとで孫請けとして働き始めました(これを会社Dとします)。そして請負の身でありながら、社員やアルバイトたちを引き連れて清掃現場を仕切るという面白い立ち位置に。この頃には今までの業務に加えて、賃貸物件の退去後清掃も行っていました。いろいろ経験させていただき感謝もしていますし、今もその経験が活かされています。

会社を起こしたきっかけは、この時代の経験が大きいです。なぜなら、当時の私は最大で「6次下請け」というとんでもない立ち位置で作業をしていたことがあったから。商品にたとえると、製造メーカーと消費者の間に問屋を5軒通している状態です(これはいくら何でも…)。

当然、間に入る会社が多ければ多いほど請負金額は減るので、マンション共用部の清掃でワンコインという現場もありました。性格的にも常々「いただく金額以上の仕事をしよう」という想いで作業していましたが、さすがに限界はあります。まだまだキレイにできるのに、妥協せざるを得ない日々でした。「オーナーさんは一体いくら払っているんだろう?こんな仕事で申し訳ない」という想い。アルバイト時代も含めて、キレイにすることが仕事ではなく、作業をこなすことが仕事になっていたのです。

数年後、元請け会社が事業を閉鎖することになり、別の仕事を探すことになりました。

ダブルワークで警備員!?

会社Dの事業が閉鎖したあと、一時期警備員のアルバイトをしていたことがあります。さまざまな形態の現場があるので一概にはいえませんが、これはなかなか厳しい仕事でした。

さて、ご覧になっている方に質問です。忙しい仕事と暇な仕事のどちらがいいですか?もちろん「睡眠時間すら確保できないような長時間労働」ではなく、「適切な時間の中でやることが盛りだくさん」という意味です。以前までの私は、暇なほうが良いだろうと思っていました。だって楽をしたいですから。しかし、ある現場に出たときにその考えは180度変わりました。

その現場は、ただひたすらその場に立っているだけの現場。「立ち合い警備」と呼ばれる、いわゆる「見張り」のようなものです。主にビル内のテナント工事でエレベーターの前に立ち、不審者が侵入してこないかを見張っていました。しかも勤務時間が口外できないほどの長さだったので、なおさらキツかった…。関係者しか入ってこないので、夜中はほぼ動きがないし…。時間の流れが遅すぎて、時計をチラッと見るたびに10分しか経っていないときのあの絶望感たるや…。

そのあともそうした系統の現場がたまにあり、そのたびに心が折れかけました…。この苦痛は経験した人にしかわからないかもしれません。私もそれ以前に友人から仕事が暇すぎてツラいという相談を受けたことがありましたが「何で?」と思っていましたから。それで「忙しい」というのは、考えようによってはとても幸せなことだとわかりました。

この仕事は常勤でなかったためか、いろいろな系統の現場に配属されることになります。工事現場・イベント会場の雑踏警備・駐車場・立ち合い・除雪現場・排雪の捨て場、などなど…。バラエティに富んでいたという意味では面白い経験でした。ちなみになぜここを選んだかというと、
・家から近かった
・勤務日程の融通が利いたから。
つまり「働きたいときに働けた」からです。ただし、この頃は仕事を詰め込んだほうが良いと思っていたので、年間の休みが10日あったかどうか…。まわりもそんな人たちばかりだったので、感覚がマヒしていたのかもしれないですね。

ハウスクリーニングに進出。
そして…

会社Dが事業を閉鎖したあとに、どういう形で仕事をするか。会社AとBが所属する大手グループ会社は清掃業務。特にハウスクリーニングにおいては知名度・実績ともにナンバーワンです。私は会社Bでのレンタル事業を継続して行っていましたが、ある時期から清掃事業も並行することに。作業自体は会社Aでの多少の実務に加え、会社BとCで退去後清掃とワックス清掃の経験があったので、基本的な部分は問題ありません。ただし、在宅の清掃か空室の清掃かで緊張感が全然違うものになりました。物が置いてあるか置いていないかも作業効率に影響を与えます。結果、在宅のハウスクリーニングのほうが作業的にも精神的にも大変でした。

ほかにも、店舗や事務所のワックス清掃やカーペット清掃の機会が増え、新たに覚えたのがエアコン清掃です。現場で教えてもらったり、自分でも教材を購入したりして、とにかく必死に覚えました。今では依頼が一番多くなった作業かもしれません。ここでの経験がなければ独立はなかったでしょう。というより、会社CもDも振り返ってみるとすべて必要なことだったのです。業界最大手のハウスクリーニングと建物の清掃・衛生管理のどちらも経験していることは、業界の現状や顧客サービスを考えるうえで一つの自信にもなっています。ワンコインから業界知名度ナンバーワンの代理店まで幅広く経験している人はあまりいないでしょう。少なくとも「このレベルを越えれば良いんだ」という一つの目安があることは大きいです。そして「このレベルを越えれらるのか」と問われれば、「越えられる」と答えます。その答えが、独立してサービスを自社完結することにつながっているのです。

そのあと、清掃サービスに加えて光触媒の抗ウイルスコーティングの施工代理店も開始しました。需要+清掃と除菌は、衛生管理という点でお互いに必要だと考えてのこと。時間をかけて精査し、コストパフォーマンスにおいて最高級だと判断した木下抗菌サービスさんと契約しました。今後は衛生関連の商品も少しずつ販売していけたらと考えています。

最後に

私には「顧客満足度100%」という究極の目標があります。発展途上の会社だとしても、そのときそのときで最善を尽くし、長くお付き合いできるお客様が一人でも増えるように。技術的にも人間的にも成長していきたいと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

クリーングリーン株式会社
代表取締役 児玉直洋